【東京/大人の絵画教室】平賀敬と作品
《雨》1963年/油彩/162.2×130.3㎝
父である平賀敬の作品について、絵画解説の記事を2016年に書いたことがありますが、今回は昨日のブログの予告通り、その全文を載せます↓
平賀 敬 (1936〜2000)
物語性具象画家、平賀敬は私の父であり飲み友達でもあった。
形は同じだが、中では様々なドラマが見られる公団住宅の窓からヒントを得て描かれた作品《窓Ⅰ》《窓Ⅱ》によって1964年、国際青年美術家展で大賞(パリ留学賞)を授賞し渡仏。私がこの世に生まれ落ちてから最初の記憶は、パリ時代の平賀敬の無頼ぶりであった。
無頼派というと、太宰治や坂口安吾といった文学の作家に使われるが、破天荒で酒やけした赤鼻がトレードマークの敬も無頼派と呼ばれ、既成世界への批判としては、絵のみならずライフスタイルにも表れている。
俗悪の花咲き乱れる繁華街ピガールの娼婦やヌードダンサー、カフェでワインを飲むマフィアをモチーフにした敬は、幼い私を連れて散歩に出かける。
当時、日本人の子供が珍しいせいか、彼らに可愛がれ、ポケットにアメやチョコなどの菓子に紛れて貨幣や紙幣のフランを入れてくれる。
味を占めた父は次からポケットの多いオーバーオールなどの服を着せ、集めたお金で梯子段が折れるほど梯子酒を繰り返し、途中で私を置き忘れることもしばしばあった。
家の中はというと、来客が多く、親子水入らずの夕食も箸を入れる前にドアを叩く音で料理は台所へ戻され、大皿につまみとして盛られ、来客が名付けた『平賀食堂』での酒盛りが朝まで続く。
欠食児童に近い私でも、自身を不幸に思わず、毎日が映画を見ているような豊かな印象が残る。
敬のこれらの行動は、徹底的にドラマを探求した、絵の材料の為にある。
物語性絵画を表現の軸としてスタートしたのは本作の《雨》。
渡仏で開花する《窓》の源流、敬節の原点ともいえる本作を見ずしては平賀敬を語れないと言ってもよい。
池袋にあった安宿の壁に描かれた子供の落書きがヒントとなった画面は、敬自身の日記が表現されている。
東京都文京区の団子坂で惚れた女性に振られ、おまけに雨にまで降られた出来事は、画面右上から物語が始まり、幸福から徐々に雲行きが怪しくなっていくというもの。
悲しく汚れたグレーは、地塗り用のファンデーションホワイトを乾燥させ、ブラックを重ねてからすぐに布で拭き取っている。
中央にある雨のかたまりは、ブルーを塗ってから釘などで引っ掻いて白い雨粒を出している。
手順が前後するが、吹き出しの文字や人物は、ファンデーションホワイトの下にブラックが敷いてあり、これも釘やナイフで引っ掻き、下の色を見せている。
「日記の内容が赤裸々に全て解られてしまったらみっともない」
という敬の文字や人物はかなり抽象化されているが、解るように説明的に描くのではなく、“何となく文字や人に見える”といった、この“何となく”が、画面に奥深さを生み出している要素の一つだ。
敬の作品は、時が経つにつれ、モノトーンから鮮やかな色彩のものへと変化してゆく。
画家は、売り続ける為には自分節を維持しつつも好まれる絵を生産する苦行があったりもする。
苦行を終えたのか、それとも死期を悟ったのか、
「六十歳を超えたら好きな絵を描くんだ」
と言っていた彼の絶筆は、パリに導いた作品の《窓》そのものだった。
平賀太朗
〔東京の絵画教室/平賀美術倶楽部:水彩画、油彩画、アクリル画、パステル画、デッサン、その他様々な特殊技法が学べます。入会金無し。初日から手ぶらでOK。初心者のかたから経験者のかたまでお気軽にお問い合わせください。〕
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