【東京/大人の絵画教室】パリ時代Ⅰ

query_builder 2022/08/18
ブログ
平賀源内

今回は、私のことを少々書きます。

平賀源内記念館がオープンするまでは、展示物は平賀源内の生家で展示されていました。
そこの御当主である平賀一善さんが7代目です。
私は分家で8代目ですが、父も私もそそかしいところは源内先生似です。
「平賀源内は牢死した方だから、血筋のことは話さない方がいいよ」と祖母が言っていたようで、8代目だと知ったのは私が成人してからです。
年内にでも一善さんにお会いできたらと思っています。




私がこの世に生まれ落ちてから最初の記憶は、パリの酒場のテーブルの裏を見たところからがスタートでした。
当時住んでいたピガールの街は、日本でいうところの色街のような場所です。
東洋人の子供が珍しい時代でしたので、私もすぐに有名になり周囲の方からとても可愛がられました。
父と散歩をしていると、カフェで飲んでいるマフィアの親分さんが必ずお小遣いをくれます。父はそのお金ではしご酒をし、途中で何度か置き去りにされたことがありました。不憫に思った店主が撮影した、ゆで卵を片手に遠くを見つめる私の証拠写真もあります。

球場に息子を置き去りにする長嶋茂雄のようですね。
因みに立教の学生時代、長嶋茂雄と平賀敬は(な行とは行で)席が近かったのでテストの答案を手伝っていたそうです。
長嶋茂雄さんとお話しする機会がありましたら聞いてみたいです。


個展、グループ展と忙しかった父ですが、レセプションパーティーでピカソとお会いしたことがあり、相変わらず酔っている平賀敬を随分と気にいったようで、ピカソが敬をおんぶして会場を沸かせたそうです。
私はまだこの時は生まれていません。

パリにいる画家たちのレセプションパーティーは私も連れて行ってもらったことがありました。
草間彌生、岡本太郎などといった画壇のトップたちの会場で、幼い私が落ち着きなくウロチョロしていると、岡本太郎先生が私を抱き上げ、自身の膝の上に乗せました。
途中で尿意を催した私は、元々あまり騒がない子供でしたので膝の上でもじもじしていると、それを発見した母、平賀幸が近づいてきて、

「こら!太郎!」

と私を叱りました。
すると岡本太郎先生は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、

「生まれて初めて人から叱られました😵」

と言って、勘違いされてしまいました。(笑)


母、
「岡本先生すみません💦私の子も太郎なんです」
と、ちゃんと謝りました。


叱られた私は恐怖のあまり岡本太郎先生の膝の上で漏らしてしまいました。

天下の大巨匠、岡本太郎先生にオシッコをかけてしまった事と、誤解とはいえども叱ってしまった事は、後にも先にも私と母だけでしょう☺️



岡本太郎先生はお子さんがいらっしゃらないので、私を可愛く思ってくださったんじゃないかな〜と思いたいエピソードです。




書いているうちに色々と両親から聞いた話を思い出しました。
明日はもう少しパリ時代のことを書きます。




平賀太朗

〔東京の絵画教室/平賀美術倶楽部:水彩画、油彩画、アクリル画、パステル画、デッサン、その他様々な特殊技法が学べます。入会金無し。初日から手ぶらでOK。初心者のかたから経験者のかたまでお気軽にお問い合わせください。〕

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